要領を得ないハナシ

ラーメンは深夜に食べたくなるけど今日は昼に食べた
夜しか行かないから知らなかったけれどランチセットなるものがあった

太陽のラーメン 730円
昼も夜もこの値段

いつものお気に入りは50円増しの太陽の茄子ラーメン(780円)

ランチセットは太陽のラーメンにネギ飯がついて800円
70円でネギ飯がついてくる計算

ただ茄子ラーメンセットにするとなぜか100円増し(50円増しではなく)の900円になる
セットで茄子ラーメンに変えると普段より50円高いと感じてしまうトリック

こういう時は財布の中の小銭を見て釣り銭が少なくてすむ方を選ぶ癖がある
お札の方は部活行って借りてた金を返すつもりで昨日(一昨日)入れたから見なかった

小銭は500円はなく100円玉は1枚
けれど80円はあったので
結局セットは止めて茄子ラーメン単品だけにする

いかにもみすぼらしい格好をしてたせいか幸の薄い顔のせいか、財布をもの惜しげに見た仕草のせいか分からないけれど
店長らしき人物がチェーン店にも関わらず茄子ラーメンのセットにただで変えてくれた
他の客はもちろん隣の高校生にもおまけしてなかったのに
なんか暖かい気分だった
ジレンマの末ハッピーエンドに恵まれた

ただ会計の時にその店長に万札を渡すハメに

生まれながらに気立てが優しく人情というものを見る気がしたな

急行すべりこみアウトで「次の各駅はいいや」と改札出てコンビニに行ったらその各駅の次は通過でその更に次の各駅に乗るはめに
買うつもりのないガムのおまけ
そして駅を重ねるごとに混んできたので善意で席を立ったら誰も座らなくて車両を移るはめに
そしたら隣の車両は結構席が空いてたので座ったら次の駅で人いっぱい
イライラしてるトコも含めて誰かさんの人生の縮図のようでムカムカしてくる

ただ
んな事をふっとばす位いい人を昨日見たことを思いだしたおかげで
なぜかハッピーな気分

御礼行脚

だったはず
久しい再会にもちろん感動
と同時に消え失せたい程の羞恥心と悔悟が襲来
そんな事には動じない(正確には気にしてないように振る舞ってくれる)器のデカさにまた感謝
しかし離れた刹那に募る安堵から後悔への移行は早く
かえってそれほどデカい存在に触れたことで自分のカス加減とのコントラストにまた打ちのめされる羽目に

気付かされたのは
クズはどこで根をはってもクズという事

変われやしなかった
ただ目の背け方は上手くなったらしい

あーいつの間に

地震速報、郵政民営化、
まぁこれらはほとんど実感がないが
馴れ親しんだモノが変わるとあんまりしっくりこない

たまたま掃除
几帳面な区民としては今日から分別がだいぶ楽になった
しかし煮えきらない性格はどうにもならない

始めてほどなく発見
というか久しぶりに視界に入る
常に側にあったのに
妙に懐かしい
ビニールに包まれたソレを開ける必要はなかった
まだ完全に踏ん切りがついたワケではないのだろう

開けてみる
わかっていたことだが特に何かあるわけでもない
誰かの歌になぞらえてるわけじゃないが
目を閉じれば鮮明に浮かび上がる

結局元の場所に戻す
掃除はやはり進まなかった

ノスタルジア

Today I passed the very place that once formed me stronger and brighter than ever before.

Though now I’ve been away for a long time from there, I can picture vividly how it used to be.

To be sure, it was indeed the place as I knew.
But something was missing.
Deep down my heart, I knew what it was as it has been boggling my mind.
It can’t be forgettable.

When it comes to looking back how I have been, I might have tried hard to some extent.  It’s somewhere between “not bad” and “well done”, however.

While I’ve been straying, they had gone too far by now and I would never be able to fill the distance.

結構

この世はしょーもない
自分は最もと言っても過言ではない程忌み嫌う存在であるワケだが
大抵人間なんて所詮期待して釣りが返ってくるもんじゃなく(例外ももちろんたくさんいる)
そんな世界でも嫌ったトコロで変わるワケもないだろうとわりきれてきた今日この頃

年とったもんだ

Picture Frame

Looking back on the past days, we hadn’t taken any picture of us.

Over time, I’ve gradually accustomed myself to these giddy days

Though you aren’t supposed to owe this time, the vivid picture of the place we use to be, is holding me back.

So, let me keep and cherish it in my heart, adding an extra memory frame.

One thing for sure – Gratitude –

Days have passed over and over since the day you faded away.

However I can’t forget the day, shade and sunlight, color of the sky,and other details of the sight of the place we were supposed to be.

Now I got to know that something precious always conveies the true value when it’s gone.

Reflecting upon myself, I seem to put my priorities above anyone else.
Maybe all my emotions and kindnesses were (are) a just affectation; I’ve been trying so hard just to garner sympathies.

Furthermore, my pretence (be it conscious or not) of being a tragic victim in a supposedly-pessimistic world is just serving my ego.

All these aside, there is one thing for sure:
I am thankful to have met you.

The world has become dull to me, but at least I have the guts to say
“I’m happy to have met you”, even though now you are away from me.